2026年8月20日 国税庁公表資料より
非上場株式(取引相場のない株式)の相続税評価が、制度の骨格から見直されようとしています。国税庁の「有識者会議(第5回)」資料で示された方向性は、類似業種比準方式の廃止と、会社規模区分の撤廃という、これまでの実務を根本から変えるものです。
自社株の評価は、事業承継や相続の対策を考えるうえで一番の土台になる部分です。その土台そのものが動こうとしています。この記事では、公表された資料の内容を、専門用語をできるだけ避けてご説明します。
はじめにお伝えしたいこと:今回の内容は「こうしてはどうか?」という検討段階の方向性であり、決定した制度ではありません。公表資料にも施行時期や適用開始時期の記載はありません。今後の議論で内容が変わる可能性が十分にあります。
まず、3行でまとめると
① 大会社・中会社・小会社の区分をなくす
会社の規模によって評価方法を変える現在のやり方をやめ、規模に関わらず共通の方式で評価する方向です。
② 類似業種比準方式は、残すのが難しい
上場企業の株価をもとに自社株を評価する現在の主力方式について、「理論的な根拠や実証的な裏付けがない」として、存置は困難ではないかとされました。
③ 会社の「稼ぐ力」を軸にした評価へ
代わりに、会社の収益力を重視する「インカムアプローチ」を評価の主軸に据える方向が示され、その中でも残余利益方式が具体的なイメージとして提示されました。
なぜ見直すのか
今の制度では、会社の規模が大きいほど「類似業種比準方式」の割合が高くなり、規模が小さいほど「純資産価額方式」の割合が高くなります。そして一般に、類似業種比準方式のほうが評価額は低く出ます。
つまり、大きな会社ほど株価を安く評価できるという状態が生まれていました。資料では、この評価方式間の差(かい離)が、
- 規模の異なる会社の間での不公平を生んでいること
- わざと会社規模を大きく見せるなどの租税回避スキームの横行を招いていること
の2点を問題として挙げています。この2つを同時に解決する手段として、「規模別の区分を廃止して、共通の評価方式にそろえる」という案が出てきた、という流れです。
「稼ぐ力」で評価する3つの方法を比べた
会社の収益力から株価を計算する方法(インカムアプローチ)には3種類あります。資料では、この3つを次のように比較しています。
| ⓐ 配当還元方式 | ⓑ DCF法 | ⓒ 残余利益方式 | |
|---|---|---|---|
| 使えない会社 | 配当を操作している会社(配当をゼロに抑えている会社など) | 成長期の会社(スタートアップ等)。設備投資でキャッシュフローがマイナスの会社 | 特には見あたらない |
| 予測期間より先の価値が占める割合 | 相対的に最も大きい | 相対的に大きい | 明らかに小さい(今持っている資産を評価するため、将来予測への依存が小さい) |
| 将来予測のむずかしさ | 配当の時期は会社が自由に決められるため、予測が困難 | フリー・キャッシュ・フローの予測が困難(設備投資の予測が難しい) | 比較的容易(過去の実績から一定の予測が可能) |
※ 資料では、この3方式のうち残余利益方式について、続けて計算方法のイメージが示されています。ただし「残余利益方式に決まった」とは書かれておらず、「“仮に”残余利益方式(簿価純資産ベース)を採用した場合の評価方法のイメージ」という表題にとどまっています。
「残余利益方式」とは、どういう計算か
考え方はとてもシンプルです。「今、会社が持っているもの」+「これから稼ぐ力のうち、普通を上回る部分」を足す、というものです。
評価額の計算イメージ
簿価純資産±数年分の超過収益
(直前期末の帳簿上の純資産) (マイナスになる場合も含む)
※ 有識者からは「5年分が良いのではないか」という意見が出ています
① 簿価純資産(時価ではありません)
- 売却を前提としない、会社が続いていく前提での資産価値で評価します
- 昔から使っている事業用の土地なども、評価時点の時価ではなく帳簿価額で評価
- 建物・設備は減価償却後の金額
- 時価への洗い替えが不要なので、事務負担が軽くなる
② 数年分の超過収益(=残余利益)
- 「超過収益」とは、その会社に通常期待される利益を上回った金額のこと
- その数年分を現在価値に直して合計します
- 計算のもとになるのは、過去数年間の平均利益
- 赤字や低収益の会社は、簿価純資産から適正に減額される(=簿価純資産より低い評価額になる)
つまり、こうなります
▶ 期待される収益率以上に稼いでいる会社 = 簿価純資産以上の株価
▶ 期待される収益率以下、または赤字の会社 = 簿価純資産以下の株価
なお、この「通常期待される利益」を計算するための還元率については、上場株式の平均期待収益率などを参考に、CAPM(資本資産価格モデル)という金融理論の手法で算定してはどうか、という案が示されています。
計算に必要な資料は、たった2つ
資料では、株価の計算に必要なものは次の2つだけとされています。
1直前期末の貸借対照表 → 簿価純資産(純資産合計)を確認
2過去数年分の損益計算書など → 当期純利益を確認
※ 配当金の額は、株主資本等変動計算書から確認するとされています。
現在の類似業種比準方式で必要な複雑な業種目の判定や、1株当たり資本金の調整などが不要になり、法人税申告書等から容易に把握できるようになる、というのが資料の説明です。
純資産価額方式・配当還元方式はどうなる
純資産価額方式 → 「特定の評価会社」向けの方式へ
「会社が続いていくのに、解散(清算)を前提とした評価をするのはおかしい」という意見を踏まえ、原則的な評価方式からは外し、「特定の評価会社の株式の評価方式」として位置付けてはどうかとされています。
会議で出された主な意見は次のとおりです。
- 営業権の評価が実質的にほとんどされていない
- 会計上の退職給付引当金の控除が認められない点は見直すべき
- 土地を一筆ずつ評価する必要があるなど、資料収集と算定作業の負担が過大で、簡便化を検討すべき
今後の検討事項としては、①「特定の評価会社」の範囲と判定基準、②評価方法の簡便化、③法人が取得した貸付用不動産の評価、④退職給付引当金等の負債の範囲、⑤法人税額等相当額の控除の整理、の5点が挙げられています。
配当還元方式 → 範囲を見直したうえで存置
こちらは残す方向です。ただし「特例的評価方式の趣旨を逸脱した濫用がある」として、適用の範囲などを見直したうえで、特別の例外措置として存置するとされています。
今後の検討事項として挙げられているのは次の4点です。
- 適用すべき株主の範囲・基準をどうするか
- 額面制度が廃止されていることを踏まえ、最低配当2.5円とする計算方法をどう見直すか
- 固定価格の従業員持株会株式との関係をどう整理するか
- 適用を受ける株主と適用外の株主の間で生じる評価額のかい離への対応
なお、見直しにあたっては従業員持株会との関係や、税制適格ストックオプションへの影響も考慮する必要があるという意見が出ています。
評価額を下げる「スキーム」への対応が明記された
資料では「多種多様な租税回避スキームへの対応も実施する必要がある」として、4つの類型と対応の方向性が示されています。
現行:大会社ほど評価額が低くなるため、意図的に会社規模を大きくして評価額を圧縮する
対応:規模に関わらず単一の評価方式とすることで対応できないか
現行:オペレーティング・リースの活用、多額の役員報酬、一時的な役員退職金などで利益を一時的に操作し、評価額を圧縮する
対応:非経常的な損益を除外した「企業の正常利益」で評価し、恣意性を排除できないか
現行:完全支配関係にある法人の間で、税負担なく親会社の利益・資産を子会社へ移し、親会社単体の評価額を圧縮する
対応:完全支配関係のグループ法人はグループ全体として評価し、操作性を排除してはどうか
現行:株主構成や議決権割合の操作、無議決権株式を用いた世代間譲渡、一時的な第三者への株式譲渡など。企業価値の総額から最大で約98%もの評価額圧縮を行った事例も存在するとされています。また、従業員持株会等の固定価格で買い取る株式を使って支配株主の株価を引き下げる手法も指摘されました
対応:配当還元方式は「配当を受け取る以外に期待できない株主に対する特例的評価方式」であるという趣旨を貫くため、適用する株主の範囲を整理。あわせて固定価格株式の取扱いも見直してはどうか
スキームへの対応にあたっては、M&Aなどで実際に行われている「企業価値評価の実務において当然に行われている対応」を参考にする、という考え方が示されています。
今後の見通し
公表された資料に、施行時期や適用開始時期の記載はありません。純資産価額方式・配当還元方式についても、それぞれ「今後の検討事項」が列挙されている段階です。
当ブログでは、続報が公表され次第、あらためて内容をご紹介する予定です。
出典:国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)資料」(2026年8月20日)
本記事は上記の公表資料に基づいて作成しています。記載内容は検討段階の方向性であり、確定した制度ではありません。今後の議論により変更される可能性があります。
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