「法人化すれば相続税が減る」と聞いたことはありませんか。実は、法人化で相続財産が自動的に減るわけではありません。不動産の法人化で後悔する5つのパターンでも触れたとおり、減るのは「不動産」で、代わりに増えるのは「会社の株式」です。
では、どんな場合に、法人化が相続対策として働くのでしょうか。逆に、どんな場合は働きにくいのでしょうか。この記事では、その分かれ目を整理します。あわせて、令和8年度税制改正で話題になっている賃貸不動産の「5年ルール」との関係も、通達案の原文を読んで確認した範囲でご説明します。
考え方のステップ(まず4つ確認します)
- 形が変わるだけ 法人化は、相続財産を「不動産」から「株式」に置き換える
- 効きやすい場合 家賃のたまり方、株式の持ち方、納税資金の3つで考える
- 効きにくい場合 取得から日が浅い、利益がたまる一方、時間がない、など
- 5年ルールとの関係 個人と法人で、評価の期間と対象が違う(通達案の段階)
この記事の時点について
令和8年10月時点の法令等と、国税庁が意見公募(パブリックコメント)にかけている通達案に基づいて書いています。通達案は確定前の内容で、今後変わる可能性があります。確定したときは、この記事を更新します。
1. 法人化は「財産を減らす」のではなく「形を変える」
個人で不動産を持っていると、相続のときの財産は「不動産」と、毎年の家賃がたまった「預金」です。建物を法人に移す場合(不動産所有方式)は、建物は法人の財産になり、あなたが相続のときに持っているのは、その法人の「株式」に変わります。
| 個人のまま | 法人化したあと | |
|---|---|---|
| 相続財産になるもの | 不動産と、たまった家賃(預金) | 法人の株式(建物は法人の財産)。個人に残した土地や預金もあります |
| 家賃の行き先 | 全額が個人の収入。税金を払った残りが、個人にたまっていく | 法人の収入。法人に残る分と、役員報酬として家族に渡る分に分かれる |
| 財産の評価のされ方 | 不動産として評価される | 株式として評価される。法人にたまった利益が増えると、評価も上がる |
ここで大切なのは、置き換えた先で、評価がどうなるかと、家賃が誰のもとにたまっていくかの2点です。この2つの向きがそろったときに、法人化は相続対策として働きます。
※ 3つの方式の違いは不動産管理会社の3方式、移すときの売買価額や土地の扱いは建物だけを法人に移すときの適正な売買価額と土地の扱いをご覧ください。
2. 効きやすい場合
次の3つに当てはまる場合は、法人化が相続対策として働きやすいと考えられます。ただし、どれも「必ず得をする」という意味ではありません。
① 家賃が個人にたまり続け、相続財産が増える一方になっている場合
個人のままだと、家賃から税金を引いた残りが、そのまま預金としてたまっていきます。たまった分は、そのまま将来の相続財産です。
法人化すると、家賃の一部を、家族への役員報酬として渡す形にできます。渡した分は、家族のお金として早めに移るため、相続財産の増えるペースを抑えられ、相続税の納税資金も用意しやすくなります。
条件:「実際に働いているか」と「金額が実態に合うか」
役員報酬は、家族が実際に役員としての仕事をしていることと、金額がその仕事に見合っていることが前提です。管理料のときと同じく、率ではなく実態で判断されます。また、社会保険料が増える点も、不動産の法人化で後悔する5つのパターンで説明したとおり、必ず計算に入れてください。
② 株式を、早い段階から家族が持つ設計にできる場合
法人に利益がたまるほど、株式の評価は上がります。もし、あなたが株式を100%持ち続けると、たまった利益の分だけ、あなたの相続財産が増えていきます。
一方、法人をつくる最初の段階から、家族が株主になっていれば、その後にたまる利益の分は、はじめから家族の財産になります。ここが、法人化で「財産の増えるペース」を変えられる、大きなポイントです。
注意:株式を贈与する場合
すでに法人にたまった利益がある株式を贈与すると、贈与税の対象になります。また、相続人が相続開始前7年以内に受けた贈与は、相続財産に加算されます(令和6年1月1日以後の贈与から、加算の期間が段階的に延びています)。時間をかけて進める設計が必要です。
③ 納税資金の備えとして、死亡退職金を払える場合
法人から亡くなった役員の遺族に支払われる死亡退職金は、相続税の対象(みなし相続財産)になりますが、「500万円×法定相続人の数」までは非課税です(相続税法12条1項6号)。死亡後3年以内に支給が確定したものが、相続税の対象になります。
相続のときに、遺族が相続税を払うお金を用意しやすくなる点は、法人化のメリットの一つです。
条件:法人に払える資金があること
退職金は、法人が現金で払います。法人に資金がなければ、払えません。また、役員としての勤務実態や、支払う金額が妥当であることが前提です。退職金の規程の整備も含めて、事前に準備が必要です。
3. 効きにくい場合・逆効果になる場合
| こんな場合 | なぜ効きにくいのか | 詳しくは |
|---|---|---|
| 取得から日が浅い物件を持っている | 個人で持つ場合も、法人で持つ場合も、評価が取引価額に近くなる場合がある(次の第4章) | 第4章 |
| 法人に利益がたまるのに、株式を親が持ったまま | たまった利益の分だけ株式の評価が上がり、相続財産が増える。不動産が株式に置き換わっただけになる | 不動産の法人化で後悔する5つのパターン |
| 土地を個人に残し、地代を受け取らない貸し方にした | 土地の相続税評価が下がらず、特例も使えないおそれがある | 建物だけを法人に移すときの適正な売買価額と土地の扱い |
| 相続が近い時期に見込まれる | 移転のコストを回収する時間がない。贈与も、7年加算の対象になる | 第2章② |
| 金融機関の同意が得られない、後継者が決まっていない | そもそも実行できない。または、器だけが残り整理が難しくなる | 不動産の法人化で後悔する5つのパターン |
4. 令和8年度改正「5年ルール」との関係
賃貸不動産の相続税評価では、令和8年度税制改正大綱に「取得後5年ルール」が盛り込まれました。国税庁は、その運用を示す通達案を意見公募にかけています。私は、この通達案の原文(e-Govのパブリックコメントに掲載された資料)を読んで確認しました。
通達案の内容(確定前)
- 対象:相続や贈与の時(課税時期)の前5年以内に、お金を払う取引で取得または新築した「貸付用不動産」(借家権の目的となっている家屋と、その敷地)
- 評価方法:原則として、課税時期の通常の取引価額。ただし、取得価額が取得の時の通常の取引価額に相当すると認められるときは、土地は「取得価額×地価変動率」、家屋は「取得価額−償却費」を計算し、その80%で評価できる
- 適用時期:令和9年1月1日以後に、相続・遺贈・贈与で取得した財産
- 対象外の例:収用等や交換、買換えの特例を使って取得したもの(一定の場合)、増改築の部分、通達の制定日までに、5年超前から持っている土地に新築した家屋(建築中を含む)など
※ 上は通達案の要約です。細かい条件があるため、実際の判断では必ず原文をご確認ください。
法人が持つ不動産は、株式の評価で別のルールを使う
通達案には、「評価基本通達185に定める土地等又は家屋等を評価する場合には、この定めの適用がない」という注意書きがあります(案の第1項の注7)。評価基本通達185は、非上場株式の「純資産価額」を計算するルールです。つまり、法人が持つ不動産の株式評価には、5年ルールは使わず、これまでの3年のルールが続くというのが、通達案の読み方です。
| 個人が持つ貸付用不動産 | 法人が持つ不動産(株式の評価のなか) | |
|---|---|---|
| 根拠 | 貸付用不動産の評価についての通達案 | 財産評価基本通達185 |
| 期間 | 課税時期の前5年以内に取得・新築 | 課税時期の前3年以内に取得・新築 |
| 対象 | 貸付用不動産(貸家とその敷地) | 土地等と家屋等(貸付用に限らない) |
| 評価 | 通常の取引価額。取得価額が相当なら、その80% | 通常の取引価額。帳簿価額が相当と認められれば、帳簿価額 |
| 適用時期 | 令和9年1月1日以後の相続等(案) | 現行 |
「法人にすれば5年ルールを避けられる」は、早計です
建物を個人から法人に移す取引で、法人はその建物を新たに取得します。そのため、法人側では「3年」の期間が新しく始まります(建物だけを法人に移すときの適正な売買価額と土地の扱いでも説明しました)。期間の長さだけを見て、どちらが有利とは言えません。取得の時期、取得価額、帳簿価額、相続までの時間を合わせて、個別に試算する必要があります。
※ 通達案は意見公募の期間中の内容で、確定前です。正式な通達が出たら、内容を確認して更新します。
5. 分かれ目のチェック表
次の質問に、ご自身の状況を当てはめてみてください。「はい」が多いほど、法人化が相続対策として働きやすい方向です。
| 質問 | 「はい」の場合 | 「いいえ」の場合 |
|---|---|---|
| 家賃が、毎年、個人の預金にたまり続けていますか | 効きやすい方向 | 効果は限定的になりやすい |
| 家族が、実際に役員として仕事を担えますか | 役員報酬を渡す設計ができる | 報酬を渡す根拠が弱くなる |
| 法人の設立時から、家族が株主になれますか | たまる利益が、はじめから家族の財産になる | 利益がたまるほど、親の相続財産が増える |
| 法人に、退職金を払える資金を残せますか | 納税資金の備えになる | 死亡退職金は払えない |
| 対象の物件は、取得から3年・5年を超えていますか | 評価が取引価額に近くなる場合は少ない | 評価が上がる可能性があり、個別の試算が必須 |
| 相続まで、数年以上の時間がありますか | コストの回収や、贈与の計画を立てやすい | 時間が足りず、効果が出ないおそれ |
| 金融機関の同意は得られる見通しですか | 実行できる | 実行そのものが難しい |
6. 進め方——3つのステップ
STEP 1|家賃のたまり方と、物件の取得時期を書き出す
物件ごとに、取得した時期、取得価額、帳簿価額、家賃収入、毎年たまっていく金額を並べます。ここで、第3章の「取得から日が浅いか」も分かります。
STEP 2|株式の持ち方と、贈与・退職金の方針を決める
誰が株主になるか、贈与をするなら、いつ、どの順番で行うか、死亡退職金の備えをどうするかを決めます。家族の関わり方は、実態のあるものにします。
STEP 3|相続税の試算で、「法人化しない場合」と比べる
法人化しない場合と、する場合の相続税を並べて比べます。試算は、通達が確定したあとの内容で、もう一度見直します。
7. まとめ
- 法人化は、相続財産を「不動産」から「株式」に置き換えるもので、財産が自動的に減るわけではありません。
- 効きやすいのは、家賃が個人にたまり続けている場合、株式を早い段階から家族が持てる場合、納税資金を法人から用意できる場合です。
- 取得から日が浅い物件、利益がたまるのに株式を親が持ったままの場合、相続が近い場合は、効きにくくなります。
- 賃貸不動産の5年ルールは、通達案の段階です。法人が持つ不動産の株式評価には、これまでの3年のルールが続くというのが、案の読み方です。
判断の手順の全体は、柱記事「不動産の法人化は『いくらから』得なのか|相続まで見据えた判断の手順」にまとめています。
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当事務所では、法人化する場合としない場合で、相続税がどう変わるかを並べてお示ししています。担当者が代わることなく、税理士本人が最初から最後までご対応します。ご相談はお問い合わせフォームからお受けしています。
執筆者
税理士 松本 裕志(松本裕志税理士事務所/兵庫県宝塚市)
相続税・事業承継、不動産の法人化を主な業務としています。相続税申告、非上場株式の評価、不動産オーナーの法人化スキームの設計・実行を担当してきました。
出典
- 国税庁「貸付用不動産の評価について(案)」(意見公募手続に係る通達案)
- 国税庁「財産評価基本通達 第8章第1節 株式及び出資(185 純資産価額)」
- 国税庁「No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金」
- 国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
- e-Gov法令検索「相続税法」第12条(相続税の非課税財産)
本記事は2026年10月時点の法令等と、意見公募中の通達案に基づいて作成しています。通達案は確定前の内容で、変更される可能性があります。税制は改正される場合があり、また実際の取扱いは個々の状況によって異なります。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、必ず税理士にご相談ください。