不動産の法人化は「いくらから」得なのか|相続まで見据えた判断の手順を解説

不動産の法人化は「いくらから」得なのか
——相続まで見据えた判断の手順

「不動産の法人化は所得◯◯万円から」——調べてみると、330万円、500万円、900万円、家賃収入1,000万円。いったいどれが正しいのでしょうか。

結論から申し上げます。どれも正しく、そしてどれも足りません。前提がそれぞれ違うからです。

この記事では、ひとつの数字をお示しする代わりに、ご自身のケースを当てはめて判断できる「手順」をお伝えします。

目次

1. なぜ「いくらから」の答えは記事ごとに違うのか

答えが割れる理由は単純です。「どこまでを計算に入れたか」が書き手によって違うからです。

個人にかかる所得税は、所得が増えるほど税率が上がる仕組みです。国税庁によれば、税率は5%から45%までの7段階に分かれています。一方、法人税は中小法人であれば年800万円以下の所得部分に軽減税率が適用され、それを超える部分も23.2%です。

この「税率の差」だけを見れば、たしかにどこかで法人のほうが有利になる分岐点が出てきます。多くの記事が示している数字は、この計算から出たものです。
しかし実際には、税率以外にも判断を左右する要素がいくつもあります。

図1|どこまで計算に入れるかで、結論は変わる

計算に入れている範囲 出てくる結論
① 税率の差だけ 「所得が◯◯万円を超えたら法人化」
→ 最も低い金額が出る
② ①+設立費用・維持コスト 「もっと規模がないと費用倒れ」
→ 金額が上がる
③ ②+将来の相続税 所得の大小では決まらない
→ 資産構成と後継者しだい

※ ①だけで判断すると、法人化した後で「思ったほど残らなかった」という結果になりがちです。

2. まず、法人化の「3つの型」を区別する

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

ひとくちに「不動産の法人化」といっても、実務では大きく3つの型があります。そしてどの型を選ぶかによって、法人に移せる利益の大きさがまったく違います。本当の論点は「法人化すべきか」ではなく、「どの型にするか」なのです。

図2|3つの型で、お金の流れと所有者はこう変わる

① 管理委託方式

土地:個人建物:個人

入居者
↓ 家賃(全額)
個人オーナー
↓ 管理料
同族法人

法人に移る利益

手軽に始められますが、移せるのは管理料の分だけです。

② サブリース方式

土地:個人建物:個人

入居者
↓ 家賃(全額)
同族法人
↓ 借上げ賃料
個人オーナー

法人に移る利益

法人が空室のリスクを負う分、①より多くを移せます。

③ 不動産所有方式

土地:個人建物:法人

入居者
↓ 家賃(全額)
同族法人
↓ 地代
個人オーナー

法人に移る利益

効果は最も大きい一方、建物を移す際にコストがかかります。

※ バーの長さはイメージです。実際に移せる割合は、管理料や賃料の水準、契約内容によって変わります。管理料などの金額は、実際の業務内容に見合った水準である必要があります。

※ ③では土地が個人のまま残ります。この場合、「土地の無償返還に関する届出書」の提出が必要になります(→ 第4章で解説)。

同じ「法人化」でも、①と③では移せる利益が何倍も違います。ご自身がどの型を検討しているのかを先に決めないと、いくら数字を並べても判断はできません。

3. 判断に必要な6つの検討項目

型を決めたら、次は損得の計算です。検討すべき項目は6つあります。

図3|6つの検討項目チェックリスト

項目 どちらに効くか
① 所得税と法人税の税率差 プラス/所得が大きいほど効く
② 設立費用と毎年の維持コスト マイナス/赤字でも法人住民税は発生
③ 社会保険料 マイナス/見落とされやすい最大の落とし穴
④ 不動産を移すときのコスト マイナス/③の型を選ぶ場合のみ
⑤ 消費税 場合による/建物の売買と納税義務の判定
⑥ 将来の相続税への影響 プラスにもマイナスにも/金額は最大

③ 社会保険料——ここが最も見落とされます

法人をつくると、社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務になります。日本年金機構によれば、厚生年金保険の適用事業所となるのは株式会社などの法人の事業所であり、これは事業主ひとりだけの会社であっても同じです。

保険料は、会社と本人が半分ずつ負担します。つまり会社負担分と本人負担分を合わせると、役員報酬のかなりの割合が保険料として毎年出ていくことになります。税金だけを比べて「法人のほうが安い」と判断すると、この分が丸ごと計算から抜け落ちます。

ただし、これは一方的な負担増とも言い切れません。厚生年金に加入すれば将来の年金額は増えますし、国民健康保険料との比較では法人のほうが安くなるケースもあります。「損」ではなく「別の支出への振り替え」として捉え、実額で比べる必要があります。

④ 不動産を移すときのコスト

③の不動産所有方式を選ぶ場合、建物を個人から法人へ移すことになります。これは税務上「売買」ですから、個人には譲渡所得の税金が、法人には不動産取得税や登録免許税が発生します。

このコストは初年度に一度きり発生します。一方、法人化による効果は毎年積み上がります。したがって「あと何年、この不動産を持ち続けるのか」が判断を分けます。移転コストを回収する前に売却してしまえば、差し引きで損になります。

⑥ 相続税への影響——本当は、ここが主役です

所得税の節減額は年間で数十万円から数百万円という規模です。これに対し、相続税は一度に数千万円単位で動きます。金額のインパクトが一桁違います。

法人化には、相続の観点で次のような効果があります。

  • 家賃収入が個人にたまり続けるのを止められる(相続財産の増加を抑える)
  • 家族に役員報酬を払うことで、相続税の納税資金を早めに移せる
  • 不動産そのものではなく「会社の株式」を引き継ぐ形にできるため、分割しやすくなる

一方で、注意も必要です。法人に利益がたまれば株式の評価額が上がり、その株式に相続税がかかります。法人化は「相続財産をなくす」方法ではなく、「不動産という形から、株式という形に置き換える」方法です。置き換えた先の評価がどうなるかまで見ておかないと、対策のつもりが逆効果になりかねません。

4. 土地はどうするのか——見落とされがちな論点

不動産所有方式では、通常は建物だけを法人に移します。土地まで移すと譲渡や移転にかかる負担が大きくなりすぎるためです。

すると、土地は個人、建物は法人という状態になります。法人は個人から土地を借りることになるわけです。ここで問題が起きます。

通常、他人の土地を借りて建物を建てるときは「権利金」を支払う慣行があります。これを払わずに借りると、「権利金をもらったものとみなして課税する」という扱い(権利金の認定課税)を受けるおそれがあります。

これを避けるための手続きが、「土地の無償返還に関する届出書」です。国税庁の案内によれば、これは法人が借地権の設定等により他人に土地を使用させた場合で、将来その土地を無償で返還することが契約書に定められているときに届け出る手続きであり、この届出を行っている場合には権利金の認定課税は行われないとされています。届出者は、土地の所有者が個人である場合であっても提出することができます。

実務では、法人化のスキームを組んだ後にこの届出を失念してしまう例があります。建物の移転と同時に、契約書の文言と届出をセットで整えておく必要があります。この届出は、その土地の相続税評価の取扱いにも関係してきます。

5. 法人化しないほうがよいケース

ここまで判断の手順をお伝えしてきましたが、そもそも法人化を見送ったほうがよい場合もあります。

  • 数年内に売却を予定している——移転コストを回収できません。
  • 後継者が決まっていない——法人化は次世代への引き継ぎを前提とした対策です。引き継ぐ人が定まらないうちに器だけ作ると、かえって整理が難しくなります。
  • 借入の借り換えについて金融機関の同意が得られない——建物に抵当権が設定されている場合、金融機関の承諾なしに移すことはできません。実は、ここでつまずく例が最も多いです。
  • 帳簿づけや申告の手間を引き受ける体制がない——法人は個人の確定申告よりも事務負担が重くなります。

とくに金融機関との調整は、試算より先に確認しておくべき事項です。いくら有利な計算結果が出ても、借り換えができなければ実行できません。

6. 検討の進め方——4つのステップ

図4|検討の4ステップ

STEP 1|現状の棚卸し

所有物件、家賃収入、不動産所得、借入残高、他の所得を書き出します。ここが曖昧なままでは、どんな試算も意味を持ちません。

STEP 2|3つの型それぞれで試算

「法人化する/しない」の2択ではなく、①②③と現状のままの4パターンを並べて比べます。社会保険料と移転コストを必ず織り込みます。

STEP 3|相続税の試算と突き合わせる

法人化しなかった場合の相続税と、法人化して株式に置き換わった場合の相続税を比べます。この工程を省くと、判断の主役が抜け落ちます。

STEP 4|金融機関に事前相談

借入がある場合は、実行前に必ず確認します。ここで止まる案件が少なくありません。

まとめ

  • 「いくらから」の答えが割れるのは、計算に入れる範囲が違うためです。
  • 本当の論点は「法人化するか」ではなく「どの型にするか」です。
  • 税率だけでなく、社会保険料・移転コスト・相続税まで含めて比べてください。
  • 金額のインパクトが最も大きいのは相続税です。ここを外すと判断を誤ります。

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出典

本記事は2026年8月時点の法令等に基づいて作成しています。税制は改正される場合があり、また実際の取扱いは個々の状況によって異なります。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、必ず税理士にご相談ください。

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